2021.09.16

パキスタンに生まれ、多様なバックグラウンドを持ち、現在はイギリスで活動を続けるアーティスト、ジャン・アガ。今回は、ジャンの日本での初個展「JAN AGHA and Spirits in Tokyo (ジャン・アガと東京の精霊)」の開催に際して、彼の創作活動の原点から日本との関わりに至るまで語ってもらった。

 

文/ART TECHNOLOGIES
写真提供: Jan Agha / zoom

 


ー今回はジャンさんの個展を初めて日本で開催するということで、我々も嬉しく思っています。展覧会に際して、ジャンさんの生い立ちや作品についてお話を聞かせてください。

 

JAN AGHA(以下、ジャン):こちらこそ日本で個展を開催する機会をくださり、ありがとうございます。

 

 

ーまずは簡単にアーティスト活動を始めたきっかけについて教えてもらえますか?

 

ジャン:3才や4才くらいの物心がついた時からよく絵を描いていました。幼少期からアーティストになりたかったので、当時はほとんど独学で絵の描き方を勉強していてました。本格的に絵を勉強し始めたのは、学士号を取るために英ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アート大学に入ってからです。

 

 

ーなぜイギリスに?

 

ジャン:これまで色々な国を訪れたことがあったのですが、イギリスはとても住みやすい国だと感じました。また、美術教育のシステムも自分にあっていたので、渡英を決めました。大学の頃はロンドンに住んでいましたが、現在はマンチェスターの近くで制作をしています。

 

 

ー今回は日本での初の個展開催ですが、これまでに日本との関わりはあったのでしょうか?

 

ジャン:日本との最初の接点は、幼少期に友人が持っていた雑誌でした。ディズニーのアニメや漫画が載っている雑誌の中に、日本のアニメの紹介を見つけました。それから日本のアニメ興味を持ち始め、「強殖装甲ガイバー」の第一シーズンを全て観たのを覚えています。あまりにもそのアニメの素晴らしさに魅了され、周りの友人たちに何度も勧めたほどです。「本当にすごいアニメがあるから絶対見るべきだ」って。

 

それから、日本の文化そのものに関心を持ちました。紐解いていけばいくほど、実は日本の神道の文化は、ヒンドウー教や古代インドの歴史とも関連性があるということを知り、南アジアで生まれた私にとっても馴染みのあるものだったのです。

 

 

ーアニメから日本の文化に興味を持ち始めたのですね。ジャンさんはとても多様な環境下で育ったとお聞きしたのですが、そういった生い立ちは作品にどのように影響を与えていますか?

 

ジャン:私はパキスタンで生まれて、祖先はアフガニスタンにルーツがあります。もっと辿ればギリシャとモンゴルとユダヤの血が流れています。幼少期からいろんな国に行く機会にも恵まれてたこともあり、私にとって多様な価値観に触れることは日常茶飯事でした。様々な文化や宗教を摂取して、その関連性を辿っていくうちにいつの間にか日本の神道にも関心がたどり着いたというのは自然な流れだったのかもしれません。そういう意味では育った環境は潜在的に影響を与えるものだと思っています。

 

意図的に情報を追わずとも、幼い頃に目にした絵や、アニメ、本や映画など、深層心理のレベルではあらゆる物から何かしらの影響を受けます。アメリカ人にこれを言うと嫌がるのですが、私は映画のスターウォーズがそこまで好きではないのですが、例え嫌いなものであったとしても影響は受けています。それは作品のみならず、全てのことに通じていて、日本人の勤勉な性格や地下鉄のデザインですら、日本という風土の影響を受けているはずです。

 

 

ストーリーが立ち上がるのを待つ

 

ー日本の神道の考えでは、古くから全てのものには八百万の神が宿っていると信じられています。ジャンさんの作品にもたくさんの神や精霊が描かれていますね。この展覧会も日本人にとっても馴染み深いものになっていると思っています。

 

ジャン:そういってもらえるのは嬉しいです。実は以前ガーディアン誌にも紹介されたPompius prick という作品は日本の方に買ってもらいたいと前から思っていました。作品には日本の文化からの引用があるので、他の人には売らないと冗談で話していたんです。今その作品が日本にあるということはとても喜ばしいことです。

 

 

Pompius Prick / H1500×W1050 / Acrylic on unstreched canvas 

 

ー戦国時代の兜のような髭が特徴的ですね。他にもTengu me? Tengu you! という作品も明白に日本の文化からの引用がありますね。天狗をモチーフにした作品で、タイトルの付け方にも遊び心があります。

 

ジャン:実はこの作品は初めは全く違うものだったんです。これはデジタル上でイメージを構築したり、スケッチもせずに直接キャンバスに描き始めました。そして時間をかけて少しずつ作品の中でストーリーが立ち上がっていくのを観察しながら描きました。最初はそれほど自信がなかったのですが、完成すると良い作品に仕上がりました。

 

私の作品を初めて購入してくれた女性は、仕事で日本に住んでいたことのあるイギリス人だったのですが、私が天狗を描きたいと言った時には驚いていました。

 

 

ー天狗は特殊なモチーフですよね。日本の神話や民間信仰に登場する伝説上の生き物の中でも、天狗に焦点を当てているのが面白いと感じました。

 

ジャン:日本の民間信仰において、天狗は山の神としても捉えられる一方で、妖怪や魔物、西洋における悪魔とも共通する存在として位置付けられています。私は悪者であっても悪戯心やユーモアを持ち合わせたような、人々を面白半分で苛立たせるような存在が好きなんです。トリックスターというかね。”予想の出来なさ”が天狗の好きなところですね。

 

 


(写真左) Tengu me? Tengu You! / (写真右) Admiral Prick

ー制作のプロセスについて教えてください。また、作品のモチーフを引用する際の基準などはあるのでしょうか? 

 

ジャン:制作のプロセスは、写実的な絵を好む作家であれば説明できるのでしょうが、私自身にとってもミステリアスで感覚的なものなので説明し難いものです。下書きをするにしても、キャンバスに直接描くにしても、物語が自然と巻き起こるのを待つイメージですね。神話的あるいはシャーマン的とも言えます。

 

モチーフに関しては、私の血筋や先祖に関連する事物が関係しているのは確かです。私は仏教的な図像や東洋的なシンボル、また精霊のモチーフをよく用います。もちろん花のような日常的な物であっても描けるのですが、私が描くべき対象ではありません。もっと正直に言えば、物理的な物体ではなく、予言や啓示といった目に見えて存在し得ないものを描きたいと思っています。精神的な領域ではそういったものが訴えかける働きかけの方が力強いのです。

 

キャンバスの持つ制約

 

ージャンさんの作品の中には、キャンバスではなく、ロールや木の板に直接描かれているものもありますよね。支持体を変えている理由は何かあるのでしょうか。

 

ジャン:大学に入る前に、イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館で中国の絵巻物が展示されている展覧会に行きました。そこには一つの作品にあらゆる物語が描かれていて、旗織物や巻物といった媒体の可能性に関心を抱いたんです。同時に、キャンバスに作品を描く行為のある種の制約に気がつきました。作品の主題として、”物語”を描くという特性上、完成されたものの上に描くことには限界があります。

 

木枠による制限を受けない描き方は宗教や呪術的な観点から見ても、歴史上多く見受けられます。例えば、動物の皮を繋ぎ合わせて文字や絵を描いたシャーマンの手法や、神道における御符やお守りなどの印標なども広義の意味ではその一つです。祈祷師や宗教者が使用した手法を活用する、つまりキャンバス以外のものに描くことは、自分の作品の題材に照らし合わせてみても親和性を感じたのです。

 

 

ーアカデミックで伝統的な絵画のマンネリズムから逃れようとしているように感じました。

 

ジャン:そうですね。とても正確な表現ですね。アカデミックな美術の領域においてキャンバスを使うことが慣例とされてきたからこそ、他のものに描くことは一つのメタファーになり得ます。本来、表現というのは自由なので、キャンバス以外のものに描きたいと思っている作家はたくさんいると思います。とはいえ、キャンバスは鑑賞者が受け取りやすい形なので、支持体の選び方に関してはまだ模索している最中です。

 

 

 

人が持つ本質的な感情を描く

 

ーあなたの作品を見ていると気になるのが、作品に登場するキャラクターの表情についてです。彼らは眉間にシワを寄せてとても怒っているように見えます。何に対して怒りを感じているのでしょうか。

 

ジャン:基本的には全てのものに対してです。そもそも怒りを表現したいという欲求は、人々が本質的に持つ純粋なエネルギーだと思っています。怒りを隠すのではなく表に出す。絵画はそういったエネルギーを発露できる良い媒体です。怒りという感情、そしてその周辺に位置する闘争心や畏怖などの感情もまた、人間の中に存在する自然で本質的な感情だと思います。

 

 

ーギリシャ神話などの神話に登場する神々も同様ですよね。神聖で清廉潔白なイメージとは程遠く、怒りや恐怖、嫉妬といったある種人間らしい感情がベースにあるというか。

 

ジャン:そうですね。残酷な話も多いですよね。神や精霊は万物に対する守護者であり、彼らは人々を保護する義務があるということも彼らの表情を作る要素の一つです。

 

例えば、ヒンドゥー教における女神の一人であるカーリーは残虐性を持ち合わせた破壊的な神でもありますが、それは彼女の一面であり、誕生や生命を司どる母神としての顔も持ち合わせています。守るべき対象や守らなければならないという義務に対して純粋に恐れを感じています。こういった怒りや恐怖といった感情が欠如せず、表に出ているということ。これは逆説的ですが生命力そのものです。

 

 

現代社会における新しい神話

 

ーあなたの作品はダイナミックで力強い筆致が特徴的ですが、その中には独特のシンボルや引っ掻いたようなマークが散りばめられていますね。こういったシンボルに対するあなたの意見を聞かせてください。

 

ジャン:私はシンボルや哲学的な記号、カルトの人たちが使用するマークに関心があります。重大で難解なことの語り口はシンプルであるべきだと思っていて、記号が持つ力や利便性を作品にも取り入れています。日本でも家紋など特徴的な記号を用いますね。血統や家系、家柄や地位といった複雑なものを、とても簡易的な方法で伝えるアイデアの一つです。私が使う記号の中で一番シンプルなもの一つとして、小さな雲のマークがあります。私の作品のキャラクターは胸の部分にこのマークをつけています。

 

 

 

ー雲のマークは作品を見た時に気になっていました。位置から察すると心臓のようでもあるのですが、全く心臓には見えません。

 

ジャン:私の祖先はユダヤ教徒なのですが、ユダヤ教の逸話の中に、人々が山を登っている頭上には常に雲があり、太陽から身を守っていたという一節があります。それはどんなに苦しくても人々には神の加護があるということの象徴なんです。これはあくまで壮大なストーリーを非常に簡潔に説明したものなのですが、私の作品における雲のマークは加護や神が人間と結んだ契約という意味が込められています。

 

 

ー作品の中にシンボルやマークを駆使することで、複雑なストーリーテリングが可能になるんですね。改めてジャンさんはあらゆる文化的な背景を背負っているということがよく分かりました。作品の中で使用する記号一つとってもその参照先のボキャブラリーの豊富さに驚かされます。

 

ジャン:ありがとうございます。単一の文化や神話を引用するだけで留まることは意図的に避けていますね。様々な文化に移り住むことで感じた障壁や衝動、そういったものを利用して新しい文化的なアイコンを作りたいんです。現代社会における神話を書き換えていくというか、自分だからこそ生み出せるアイコニックなキャラクターとストーリーを探究したいですね。

 

 

INFORMATION
JAN AGHA | ジャン・アガ

 

パキスタン生まれ。ロンドン在住。母国の文化から引用するのではなく、自分自身の衝動と自分と他者との間に生まれる文化的障壁を探求する。複雑な文化的背景を持っていることで引き起こされる衝動を利用して、彼ならではの宗教的かつ文化的な図像を作り上げることを目指している。

 

-JAN AGHA and Spirits in Tokyo-


2021年9月1日(水)- 9月24日(金)
10:00-18:00 土日祝休み
ART TECHNOLOGIES 東京都中央区日本橋横山町4-10